国民的アイドルグループ・Kis-My-Ft2(キスマイ)のメンバーとして、バラエティ番組やアニメ界、声優業など多方面で唯一無二の存在感を放っている
「宮っち」こと宮田俊哉(みやた としや)さん。
いつもニコニコとしたクシャッとした笑顔で、見ているこちらまで幸せにしてくれる宮田さんですが、彼の「中学時代」がどんなものだったかご存知でしょうか?
実は、現在の華やかな活躍からは想像もつかないほど、中学時代の宮田さんは「自分の才能への不安」や「グループの伸び悩み」に激しく葛藤し、
アイドルを辞めることすら考えていたという、知られざる苦悩の時期を過ごしていたのです。
今回は、宮田俊哉さんの中学時代の部活事情から、幻のジャニーズJr.ユニット「田組」のエピソード、
そして挫折を乗り越えた胸熱なドラマまでを徹底解説します!
目次
1. 出身中学はどこ?部活はしていた?東京との往復に追われた超多忙な日々
宮田俊哉さんは、神奈川県大和市南林間のご実家から地元の公立中学校に通っていました。
大先輩・V6の長野博さんと同じ「鶴間中学校」
宮田さんの出身中学校は、「大和市立鶴間中学校」です。
実はこの中学校、事務所の偉大な先輩である元V6の長野博さんと同じ出身校!
同じ大和市出身というだけでなく、学校まで同じという深い縁に、のちのジャニーズ人生の運命的なものを感じずにはいられません。
中学入学直前、お母さんがきっかけでジャニーズへ
宮田さんがジャニーズ事務所(現 STARTO ENTERTAINMENT)に入所したのは、中学校に入学する直前の2001年2月4日、小学6年生の終わりでした。
入所のきっかけは、お母さんが本人の知らないところで勝手に履歴書を送ったこと。
当時のジャニーズJr.黄金期を駆け抜ける一歩を、ここで踏み出すことになります。
「部活動」に所属できなかった切ない理由
中学生になった宮田さんですが、部活動には所属していませんでした。
というのも、放課後は地元である神奈川県大和市から、東京にある事務所やレッスン場へと直行する毎日。
平日の放課後も土日もレッスンに追われていたため、一般的な中学校の部活に入る時間的な余裕は一ミリもなかったのです。
友達が部活に汗を流す中、一人電車に揺られて東京へ向かう日々。
寂しさを感じることもあったはずですが、この頃からすでに「プロのジャニーズJr.」としての生活が始まっていたのですね。
2. 奇跡かネタか!?ジャニーさん発案の幻のユニット「田組(たぐみ)」結成
中学2年生になった頃、宮田さんに大きな転機が訪れます。
当時の社長であるジャニー喜多川さんから、ある驚きの提案がなされたのです。
「宮田を中心としたユニットを作ろう!」
ジャニーさんの「宮田を中心にしたユニットを作ろう」という鶴の一声により、新たなジャニーズJr.内ユニットが結成されることになりました。その名も……
「田組(たぐみ)」
これ、決して冗談ではなく本気のユニット名です。メンバーは4〜6人ほどで構成され、「メンバー全員の苗字に『田』の文字が入っているから」という、
ジャニーさんらしい超絶ストレートな理由で命名されました(宮田さんをはじめ、江田さん、池田さん、吉田さんなどが在籍)。
嵐のバックで大活躍!しかし先輩・松本潤さんからは手厳しいツッコミが
宮田さんが中心となった「田組」は、当時大人気だった先輩グループ・嵐のコンサートツアーなどにバックダンサーとして帯同。
一見すると順調なエリートコースを歩んでいるように見えました。
しかし、グループ名があまりにも斬新すぎたため、嵐の松本潤さんからはステージ裏で「田組はさすがに売れないだろ、グループ名が(笑)」と直球のツッコミを入れられていたという、
ファンの間では有名な爆笑エピソードも残されています。
3. 「もう辞めよう…」人気が出ない焦りと、高校進学を控えた中学時代の挫折
ジャニーさんに名前を貰い、嵐のバックという大舞台を経験した「田組」でしたが、現実はそう甘くありませんでした。
ここから宮田さんの中学時代最大の苦悩が始まります。
思うように出ない結果と、中途半端になっていく焦燥感
鳴り物入りで結成された「田組」でしたが、その後は思うように人気が爆発せず、目立った露出が増えることはありませんでした。
次第にレッスンも中途半端な状態になってしまい、他のJr.たちがどんどん前に出てマイクを持つ姿を、宮田さんは一歩下がって見つめるしかありませんでした。
「高校進学を機に、事務所を辞めよう」
周りがどんどんステップアップしていく中で、自分たちは取り残されていく。
「このままジャニーズを続けていて、本当にデビューできるのだろうか」
多忙な東京との往復、報われない努力、そして間近に迫る高校進学という人生の節目。
中学3年生の宮田さんの心はポキリと折れかかっており、本気で「高校に上がったらジャニーズを辞めよう」と退所を決意する寸前まで追い詰められていたといいます。
今のあの明るい姿からは想像もつかない、どん底の葛藤期でした。
4. 【おまけ】中学生の宮っちの素顔!ロン毛の美少女!?と生粋のアニヲタ精神
そんな苦しい中学時代でしたが、プライベートでは現在の「宮っち」のベースとなる可愛いエピソードも満載です。
中学生になり、少しずつオシャレを意識し始めた宮田さんは、当時流行っていた髪型を取り入れて髪を長めに伸ばしていました。
もともと色白で端正な顔立ちをしていたため、当時は「まるでボーイッシュな女の子みたいでめちゃくちゃ可愛い!」と、一部のJr.ファンの間で密かに話題になっていたそうです。
さらに、小学生の頃から『HUNTER×HUNTER』などの漫画やアニメに熱中していた宮田さん。
中学時代の多忙でストレスフルな日々を支えていたのも、間違いなく大好きなアニメの存在でした。
この中学時代に培われた「生粋のアニメオタク精神」が、のちに「ジャニーズ初のアニヲタ」として大ブレイクする武器になるのですから、人生どこで何が活きるか分かりませんね。
5. まとめ:あの「田組」の挫折があったからこそ、今のキスマイ宮田俊哉がいる
Kis-My-Ft2・宮田俊哉さんの中学時代を振り返りました。
地元・大和市から東京への往復で部活ができなかった寂しさ。
ジャニーさんに作ってもらった「田組」が伸び悩み、本気で辞めることを考えた挫折。
しかし、もしあの中学時代の苦しい時期に宮田さんが諦めて事務所を辞めてしまっていたら、高校2年生の夏に結成される「Kis-My-Ft2」に彼が立ち会うことはありませんでした。
どれだけ結果が出なくても、悔しくても、あきらめずにレッスン場に通い続けた「中学時代の宮田少年」の粘り強さがあったからこそ、
私たちは今、最高の笑顔を届けてくれる「宮っち」に出会えているのです。
過去の挫折すらもすべて優しい笑顔のスパイスに変えてしまう宮田俊哉さん。
彼の背中を、これからもファン一丸となって全力で追いかけ、応援していきましょう!

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