狩野英孝の出身母校は築館高校!卒業文集に刻まれた伝説の赤面ワードとは!?

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テレビで見ない日はない人気お笑い芸人であり、神主やゲーム実況者としても大活躍中の狩野英孝さん。

彼の代名詞といえば、愛すべきナルシストキャラと、どんな逆境でもブレない圧倒的なポジティブさですよね。

そんな彼の唯一無二のキャラクターは、一体どのようにして育まれたのでしょうか?

その答えは、彼の出身高校である宮城県の伝統校「築館(つきだて)高校」での破天荒すぎる3年間にありました。

今回は、現在の狩野英孝の原点とも言える、爆笑と奇跡に満ちた高校時代のエピソードを徹底プロファイルします!

1. 菅原文太やクドカンも輩出!母校「宮城県立築館高等学校」とは?

狩野英孝さんが通っていたのは、宮城県栗原市にある「宮城県立築館高等学校」(偏差値48前後)。

現在は男女共学となっていますが、狩野さんが在籍していた当時は硬派な「男子校」でした。

実はこの学校、日本映画界の伝説である俳優・菅原文太さんや、大人気脚本家の宮藤官九郎さんなど、エンタメ界の超大物を次々と生み出している、知る人ぞ知る名門校なのです。

そんな伝統ある男子校で、狩野さんは独自の「イケメン伝説」を築き上げていくことになります。

2. 厳しい男子校の掟と、卒業文集に刻まれた「伝説の赤面ワード」

当時の築館高校は上下関係が非常に厳しく、男子校ならではの驚きのルールが存在していました。

「1年4組狩野英孝、抜きます!」

特に厳しかったのが、自転車通学時の掟です。もし前を走っている先輩を無言で追い抜こうものなら、「調子に乗っている」と目をつけられてしまう世界。

そのため、先輩のチャリを追い越す際は、「1年4組狩野英孝、抜きます!」と大声で自己紹介をして許可を得てから抜かなければならないという、まるで軍隊のようなルールを忠実に守っていたそうです。

卒業文集で放った、早すぎたナルシスト名言

そんな厳しい環境に身を置きながらも、彼のハートはすでに「イケメン」として覚醒していました。

高校の卒業文集の「一言集」に、当時高校生の狩野さんが残した言葉がこちら。

「天国でさえも真っ赤なバラを持って行きます」

お笑い芸人になる前から、ブレずにこのセンス。

現在のナルシストキャラは、ビジネスではなく高校時代から1ミリも変わっていない天然物であることが証明されています。

3. 弓道で国体へ、V系バンドで地元の大スターへ!超モテモテの青春時代

男子校という環境ながら、当時の狩野さんは他校の女子からも注目される、地元で有名な「超モテモテ男」でした。その理由は、彼の多才すぎる活動にあります。

動機は不純、でも実績はガチの「弓道部時代」

高校時代は弓道部に所属。

「袴姿がカッコよくてモテたかったから」という実に彼らしい理由で始めましたが、なんと宮城県代表として国民体育大会(国体)に出場するほどの上り詰めた実力を持っていました!

V系バンド「消毒」のボーカルとして君臨

さらに音楽の世界にも没頭。

L’Arc~en~Cielに憧れ、友人たちと「desinfection(ディスインフィクション:フランス語で“消毒”の意)」というヴィジュアル系バンドを結成し、ボーカルを担当していました。

男子校の鬱憤を晴らすかのように、弓道部の試合会場(他校の女子が集まる場所)で自分のバンドの宣伝ビラを配り歩くなど、貪欲にアピール。

その甲斐あって、通学中には他校の女子から「築館高校の狩野だ!」と指をさされるほどの有名人だったそうです。

文化祭ではhideさんの楽曲をピアノでカバーしたり、友人と即興コントを披露したりと、

当時から「人前で表現して楽しませる天才」として学校のヒーローでした。

4. 芸人の道へ、そして時を超えて母校への感動的な凱旋

高校を卒業した狩野さんは、ウッチャンナンチャンや出川哲朗さんを輩出した名門「日本映画学校(現・日本映画大学)俳優科」へ進学するために上り、

お笑い芸人への道を歩み始めます。

それから長い年月が経ち、すっかり人気者となった狩野さんは、2024年にテレビ番組『かのサンド』のロケで久々に母校・築館高校の地を踏みました。

懐かしの弓道場を訪れ、現役の高校生たちと交流した狩野さん。

番組内で、ブランクがある中で久々に弓を構えることになりましたが……なんと、わずか2射目で綺麗に的を射抜くという神がかった腕前を披露!

バラエティの神様に愛されつつも、元国体選手としての「本物の実力」を後輩たちの前で見せつけ、

大歓声を浴びるという最高にカッコいい凱旋となりました。

まとめ:狩野英孝の「打たれ強さ」は築館高校で完成していた!

厳しい男子校の上下関係を生き抜きながら、「モテたい」というピュアな情熱を弓道とバンドに注ぎ込み、国体出場まで果たした高校時代。

卒業文集の「真っ赤なバラ」の言葉通り、昔から自分のスタイルを貫き通し、周囲を楽しませようとしてきた姿勢こそが、今の彼の人流に繋がっています。

どんなにスベっても、どんなにイジられても笑顔で返し、ここぞという場面でミラクルを起こす狩野英孝さん。

その無敵のメンタルとスター性は、この築館高校の破天荒な青春時代にすべて詰まっていたのですね!

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