元TBSアナウンサーとしてお茶の間に元気を届けていた高野貴裕(たかの たかひろ)さん。
現在は東京都議会議員として活躍されていますが、彼の活動の大きな軸となっているのが、国家資格である「社会福祉士」としての顔です。
華やかなメディアの世界にいた高野さんが、なぜ40代で猛勉強をして福祉の専門職を目指したのでしょうか。
そこには、愛する家族との歩み、そして「困っている誰かの力になりたい」という強い信念がありました。
今回は、高野貴裕さんが社会福祉士の資格を取得した背景や、現在の温かい活動について詳しくご紹介します。
1. 社会福祉士の資格取得のきっかけは、長女の難病と「行政の壁」
高野貴裕さんは、妻で女優の星野真里さんとともに、2024年に国家資格である「社会福祉士」を取得しました。
夫婦揃っての挑戦の裏には、愛娘・ふうかさんとの生活の中で直面した「リアルな課題」がありました。
障害児子育ての中でぶつかった「壁」
長女のふうかさんは、2歳の時に国指定の難病である「先天性ミオパチー」と診断されました。
車椅子での生活など、障害のある子どもの子育てが始まる中で、高野さん夫婦はある大きな壁にぶつかります。
それは「行政の支援窓口が一本化されていない」ということでした。
何か手続きをしようとするたびに、あちこちの窓口へ足を運び、その都度自分たちの状況を一から説明しなければならない……。
ただでさえ看病や子育てで大変な時期に、この手続きの煩雑さは大きな負担となりました。
「必要な情報を、必要な人に届けたい」
この経験から、高野さんは「自分たちのように情報に辿り着けず、社会の支援から取り残されてしまう家族を減らしたい」と強く思うようになります。
バラバラになっている支援の手や地域の資源を包括的につなぎ合わせ、本当に困っている人へ情報を届ける架け橋になろうと決意したのです。
アナウンサーの激務と並行した、42歳からの猛勉強
決意した当時、高野さんは42歳。TBSアナウンサーとしての激務をこなす傍ら、NHK学園の1年半コースに通い始めました。
仕事が終わった後や貴重な休暇を使い、スクーリングや実習に全力で参加。睡眠時間を削るような多忙な日々を乗り越え、
見事に国家資格を掴み取りました!
2. 実習現場での気づき:「人と制度をつなぐ」のが自分の天職
資格取得のための実習現場は、高野さんの視野をさらに大きく広げるきっかけとなりました。
多様なニーズと、社会の不均衡への疑問
実習では、自身の娘さんだけでなく、様々な障害を持つ多くの人々と深く接することになります。
そこで、一人ひとりの特性によって求められるニーズが全く異なることを肌で感じました。
同時に、高野さんはある疑問を抱くようになります。
「健常者の社会はそれなりに整っているけれど、それ以外の社会で生きている方々がフィーチャーされにくい。この現実を、もっと社会全体に知らせていかなければならない」
自身の適性との出会い
社会福祉士の本来の役割は、広く社会の制度や資源を活用し、困っている人と適切な支援を「つなぎ合わせる」ことです。
実習を通じてこの仕事を深く知るうちに、
高野さんは「これこそが、自分自身の適性に一番合っている仕事だ」と確信するようになりました。
3. 「オタスケマン」としての活動と、政治への大きな転身
社会福祉士となった高野さんは、TBSという組織の枠を超え、より直接的に社会へコミットする道を選びます。
家族で立ち上げた任意団体「wappo(わっぽ)」
2025年1月に長年勤めたTBSを退社した高野さんは、家族とともに任意団体「wappo(わっぽ)」を設立し、
代表に就任しました。
この団体は、障害のある子どもとその家族のために、本当に必要な福祉情報を分かりやすく発信し、社会の課題を改善していくことを目的としています。
まさに「欲しかった情報発信の場」を、自分たちの手で作り上げたのです。
社会福祉士は、街の「オタスケマン」
高野さんは自身のブログの中で、「社会福祉士というお仕事って?」というテーマの記事を発信しています。
その中で社会福祉士のことを、子ども、高齢者、障害を持つ人、そして生活に困窮している人など、
あらゆる生きづらさを抱える人を支える「オタスケマン」のような存在だと、親しみやすく分かりやすい言葉で解説しています。
福祉を身近に感じてもらおうとする、元アナウンサーならではの発信力が光っています。
より良い社会を目指し、政治の世界へ
「社会資源をつなぎ合わせる」という社会福祉士としての強い使命感は、
やがて「もっと生活に密着した自治体から社会の仕組みを変えたい」という想いへと昇華します。
誰もが取り残されない共生社会を実現するため、高野さんは東京都議会議員選挙への出馬を決意。
見事当選を果たし、現在は政治という大きな舞台から、福祉の現場と人を支える政策作りに邁進しています。
まとめ:高野貴裕が目指す「誰も取り残さない共生社会」
高野貴裕さんが「社会福祉士」の資格を取ったのは、単なるキャリアアップのためではなく、
「娘のため、そして同じように悩む家族のオタスケマンになりたい」という切実で温かい想いからでした。
当事者として悩んだからこそ、誰よりも優しく、そして力強く制度と人を繋ぐことができる。
そんな彼のブレない軸があるからこそ、多くの人が彼の活動に共感し、応援したくなるのではないでしょうか。
一人の父親として、社会福祉士として、そして東京の未来を担う政治家として。
高野貴裕さんが切り拓く、誰もが自分らしく生きられる温かい社会の実現を、これからも見守っていきたいですね!

コメントを残す