俳優として、そして時にユーモア溢れるトークで私たちを楽しませてくれる唐沢寿明さん。
その圧倒的な演技力とキレのある身のこなしの原点は、実は「中学校時代」にありました。
今回は、唐沢さんの知られざる中学時代のエピソードや、ネット上で密かに囁かれている「出身中学校の噂」の真相に迫ります!
唐沢寿明の出身中学はどこ?下町で育った少年時代
唐沢寿明さんが通っていたのは、東京都台東区にある台東区立下谷(したや)中学校です(現在は統合により「台東区立柏葉中学校」となっています)。
1976年4月に入学し、1979年3月に卒業した唐沢さん。地元では「ゲタ中」というユニークな通称で親しまれていた学校でした。
毒舌は愛情表現!?育った環境と豪華な先輩
唐沢さんが生まれ育ったのは、東京の下町・台東区三ノ輪。この地域は、「毒舌を愛情表現や挨拶代わりに使う」という、なんとも粋でエネルギッシュな土地柄でした。
唐沢さんのあのテンポの良い、時に鋭いトークの切れ味は、この下町環境で自然と培われたものなのかもしれません。
ちなみに、小学校・中学校の先輩には、あの毒舌界のレジェンド・毒蝮三太夫さんがいます。まさに下町のDNAを感じる豪華なつながりですね。
異次元の行動力!ブルース・リーへの熱狂と「東映直訴事件」
そんな下町育ちの唐沢少年が中学時代に魂を揺さぶられたのが、映画スターのブルース・リーでした。
映画を観てアクション俳優という仕事に強く憧れた唐沢さんは、毎日モノマネをするほど大ハマり。
「将来は絶対にブルース・リーのような俳優になる!」と心に誓います。
ここからの唐沢少年の「行動力」が、まさに規格外でした。
1回目:アポなしで東映撮影所へ突撃!
俳優への想いが抑えきれなくなった中学1年生のある日、唐沢さんはなんとアポなしで東映撮影所へ直行します。
守衛さんに「俳優になりたい!」と直球で直訴したものの、さすがに年齢が若すぎたため、
「とにかく中学を卒業したらまた来なさい」と門前払いを食らってしまいます。
2回目:諦めない心がつないだ奇跡
しかし、ここで諦めないのが唐沢寿明さん。
少し期間を置いた後、再びアポなしで東映撮影所を訪問します。今度は前回と違う守衛さんだったそうで、
なんと熱意が通じたのか奥の部屋へと通されることに!
そこで東映の関係者を前に、「お芝居もアクションもしたい!」と熱く夢を語ったのです。
【夢への第一歩へ】
この中学時代からの凄まじい熱意と行動力が実を結び、高校1年生(16歳)の時には、当時最年少で「東映アクションクラブ」への入所を果たしました。
現在の世界的アクション俳優・唐沢寿明の第一歩は、この中学生の時の直訴から始まっていたのです。
【ネットの噂を検証】「忍岡中学校」出身という説は本当?
ここで、ネット上でよく見かける一つの「噂」について検証しておきましょう。
唐沢さんの出身校を調べると、なぜか「忍岡(しのぶおか)中学校」というキーワードが浮上してくることがあります。
結論から言うと、これは完全なデマです。
なぜ「忍岡中学校」という誤解が生まれたのか?
忍岡中学校は、同じ台東区(鶯谷)に実在する中学校です。
実はこの学校、落語家の9代目林家正蔵さんや、女優の坂井真紀さんといった著名人の出身校。
同じ「台東区出身の有名人」という情報がネット上で交錯し、
いつの間にか唐沢さんの情報と混同されて検索されるようになってしまったというのが真相のようです。
唐沢さんの本当の母校は、前述の通り「下谷中学校(ゲタ中)」ですので、間違えないようにしたいですね。
まとめ:中学時代の熱い想いが、今の唐沢寿明を作った
下町の粋な環境で育ち、ブルース・リーに憧れて大人顔負けの行動力で夢の門を叩いた唐沢寿明さん。
「中学を卒業したらまた来い」と言われて本当に打って出たその情熱こそが、数々の名作を世に送り出す大俳優・唐沢寿明の原点でした。
お茶目な笑顔の裏にある、そんな熱い中学時代を知ると、これからの活躍もさらに応援したくなりますね!

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